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舞台「三婆」千秋楽を終えて

安井謙太郎くんが出演した舞台『三婆』が、11月27日をもって約一ヵ月の公演に幕を閉じた。

 

ジャニヲタや、もしかしたらタレント本人たちも使っている言い回しかもしれないが、ジャニーズ事務所がプロデュースしていない舞台のことを「外部舞台」と呼ぶ習慣がある。聞き慣れるまでは違和感があるけれど特に勘ぐるような意味合いはなく、事務所制作の舞台と区別するための便宜的な呼称である。今回の『三婆』はその「外部舞台」に当てはまった。ジャニーズJr.が外部舞台に出演するのは非常に珍しいこと。俳優コースとして知られる高田翔くんが別格だったり外部で主演舞台を複数回行った真田佑馬くんや『エリザベート』に二年連続で抜擢された京本大我くんがいたりと近年増えてきているとは言えども、やはり数少ない大きな機会だ。その上今回は出演者が実力派として名高い大御所の方ばかりときた。安井くんの『三婆』出演決定はジャニーズJr.ファンを大いにざわつかせた。

しかもオーディションではなくお声がけを頂いたとのことで、「松竹さんも思い切ったことしたなと(笑)」なんて大抜擢に驚いていた安井くん。しかし正直にファンの目線から言わせてもらうならこの言葉は謙遜でもなんでもなかった。そうだよねそう思うよって共感しちゃう。だって、ちょっと、荷が重すぎる。共演者さんが豪華すぎる。役柄が大きすぎる。突然のジャンプアップすぎる。安井くんは器用な人だしコミュ力もあって順応性もあると思うけど、でも失敗の許されない外部舞台でいきなりこんな大きな責任を担うなんて可哀想だと思ってしまっていた。応えられない期待ならされない方がマシんじゃないかと。最近やっと軌道に乗り始めた彼が、ビビって縮こまって自分にガッカリして自信を失ってしまうかもしれないことが恐ろしかった。

そんな気持ちの中で読んだ安井くんの雑誌のインタビューがとても印象的だった。取材は稽古に入る前の段階だと思われる。

素直に「わからないので教えてください」と甘えていこうかなと思っています。取り繕ってもしょうがないし、取り繕ったところでどうにかできる相手じゃない(笑)。置いていかれないように必死にやって、稽古が始まる10月頭と初日を迎える11月とでは別人になっていたいですね(「STAGE navi vol.10」産経新聞出版

私は安井謙太郎くんのことをナメていたなと苦笑しながら反省したものだ。彼はもっと、もっとシビアな感覚でいる。自分の実力が周りの共演者さんの足元にも及ばないことを当然に受け入れて、折れて失うような自信なんて始めから持たずに稽古場へと向かうんだそうだ。曲がりなりにも芸能人として約9年過ごしてきて自身の活動範囲の中ではそれなりの実力も存在も確立している状況でなお、無知無力を認めてイチからやり直す覚悟を早々に決めていた。まあ出演者や舞台そのものの大きさを考えるとそりゃそうだって言えるんだけど、でもこの意識に辿り着く=スタートラインに立つのって、意外と一つ目のハードルだったんじゃないのかなぁ。「自分は何も出来ないから、教えて頂いて必死に勉強する」。とてもシビアだけどきちんとポジティブなこの意識を、頼もしいと思った。

 

『三婆』の幕が上がって、驚いたことがいくつもある。もちろん「リーゼントかよ!」「キスシーンかよ!!」「子持ちかよ!!!」もそうだけど、まずは新橋演舞場を満員にするその客層が新鮮だった。劇中の❝三婆❞と同世代であろうおばあさま、おじいさまばかりだったのだ、本当に!初めて観劇に行った日は客席を見まわして「安井くん、どアウェイ・・・!」と何故か私がビビッてしまった。この客層の違いはただ年齢だけの話には収まらなくて、お芝居に対するリアクションの違いが最たる部分だと感じた。24歳の私が切なさに胸を締め付けられホロリとするシーンで、しかし劇場は大爆笑に包まれるのだ。何が起きているのかと思った。いや感じ方に個人差があるのは分かるけど差ありすぎだろって!!実に困惑した。私も三婆と同世代になったらあの物悲しい老後を笑い飛ばせるのかしら。そして、安井くんはこのお客さんたちの「笑い」をどのくらい分かっているのだろうと考えた。稽古場ではこの笑いは想定できていたのだろうか。お客さんと同じ感性で演じているのか、それとも同世代の私たちと同じ自然な感覚でそこにいるのだろうか。いつもと違う環境に飛び込んだ故の発見というものを(きっと安井くん本人には他にもたくさんあるのだろうけれど)私たちファンもひとつ体感できた部分だった。

私が 安井くんを「こんなにいい役者さんだったのか」と一番びっくりしたのは、そんな彼の存在感の無さだった。と、あえて悪く聞こえる言い方をしてみたけれど、これが裏返しでとても良かったのだ。あの共演者の並びで、経験も実力も本業も年齢だってスペックのすべてが安井くんと安井くん以外の方を隔てていたような中で、安井くん一人が浮いてしまって目に付くということがなかった。観劇前は、一人だけついていけてない、一人だけ明らかにへたくそが混じってる、と、なまじ周りがハイレベルなだけに目立ってしまうんじゃないかとどぎまぎ心配していたのだけど、本当に取り越し苦労で余計なお世話であった。安井くん演じる辰夫は『三婆』の世界にしれっと馴染んで、誰にも存在を疑問視されることなく、ごく自然に最後までそこにいたのだ。ナメててごめんね安井くん。カーテンコールで大竹しのぶさん、渡辺えりさん、キムラ緑子さん、段田安則さん、福田彩乃さんと横一列に並んで安井くんが立っていることを恥ずかしいと思わなかった。不思議だとか信じられないとかは思ったけど、その場所に立つための役目は果たしていたように思う。お稽古を一生懸命必死に頑張って、いっぱいいっぱい悩んで考えた跡が見えるようだった。

 

雑誌やラジオでの発言から、そして共演者の方のブログなんかにも名前を出して頂いていたりして、周囲の方に可愛がっていただいているんだなと分かった。お芝居自体の勉強に加えてこれも努力のうちの一つだろう。ただ演技の実力だけじゃなくて、教えていただいたり助けていただける・そして何より現場を楽しめる人間関係を作り上げる上手さが安井くんらしくてすごくいいなと思う。舞台の上でのお芝居は絶対的な俳優としての価値だけど、でも「カンパニーにとって必要な人間かどうか」という点で安井くんはすごくいい仕事をしていたんじゃないかと私は想像している。たとえば稽古場の雰囲気を和らげてくれる存在だとか、たとえば共演者同士を繋いでくれるムードメーカーだとか、そういうのってお芝居にも匹敵するくらいすごくすごく大切なんじゃないかなって。想像でしかないけれど、人間力と呼べる部分で安井くんが『三婆』に貢献したものもあったのではと期待してしまう。もちろん彼自身にとって、あの素晴らしい環境で過ごした稽古含め約二ヵ月間でたくさんの収穫があったことは間違いないだろう。

 

今回の『三婆』という経験を越えて、安井くんはどう変わったんだろう。目に見える変化は少ないかもしれないけれど、少なくとも「外部舞台であんなに大きな役を一か月間演じきった」という実体験を手に入れたのは明らかだ。新橋演舞場の舞台に立って大俳優たちと芝居をしたことがある、自分のファンじゃない人たちから大きな拍手をもらったことがある、ジャニーズからたった一人きりで一ヵ月間舞台に挑んだことがある。その経験の差だけでも大きな違いになるのではないだろうか。そしてたくさんの技術も気概も流儀も、きっと学べる限り学び、盗める限り盗んだことだろう。「たくさん吸収してLove-tuneに持ち帰る」と宣言して臨んだこの素晴らしい舞台で、彼が何を得て、そして何をLove-tuneに還元してくれるのか、今後が楽しみで仕方がない。 

安井くんについてまとめようと思ったので『三婆』そのものについての感想は割愛したが、本当に素晴らしく面白い舞台だった。何度見ても飽きることのないお芝居。愛嬌があって少しさびしくて、ひとつの作品そのものを「愛おしい」と思ったのは初めてだった。こんなに素敵な作品と出会わせてくれた安井くんに感謝しているし、こんなに素敵な作品の一端を担っていた安井くんを誇りに思う。本当に本当にお疲れさまでした。感動をありがとう!!