アイドルは儚いものなので

ご多忙ごきげんOL

ガムシャラvol.8、復習。

「ガムシャラJ's party vol.8」に行ってきた。ブログのネタにしてはかなり今更であるが、備忘録的に記しておく。

私が入ったのは2/21夜公演、オーラスである。この公演はすごかった。すごかったなんて簡潔な言葉でしか表現できないほどに、すごかった。ガムシャラ公演に何度も入った経験や記憶から推測するに、ジャニーズJr.が創り出すライブとしては近年類を見ない盛り上がりと一体感だったのではないだろうか。ファンが熱かったし、出演者も熱かった。どちらが先でどちらを持ち上げているのかは卵と鶏の話だが、どちらもお互いに影響し合ってどんどん熱さを増していったように思う。ステージ上のJr.達が口々に何度も、心底驚いたように「なんだこのライブは!?こんなに盛り上がる!?スゲーな!!なんだよこれ!!」とオープニングからダブルアンコールまでずっと言っていたのが印象的だ。これからもそういうライブを作ってもらいたいという願いを込めて、今回のライブの成功要因を私なりに考えてみたい。

 

1.団扇禁止 

19日から始まった今回のガムシャラ公演であったが、最終日である21日の一部から突然「団扇やネームボードを使用しての応援」が禁止項目に加わった。団扇に遮られてステージが見えないというクレームがあったそう。その件を家を出る前にツイッターで知った私はあんなにデカくて目立つものを“持っていき損”せずに済んでラッキーだったし、同じように軽装備のお客さんがほとんどであった。残念ながら持ってきてしまっていた人も見受けられたが、誰一人としてルールを破って団扇を出す人はなかったことを報告しておく。嬉しい当たり前だ。一部ですでに実施されていた為に、二部では皆心構えができていて反感を抱く人も少なかったようだ。

団扇がないということは、担当掲示や求めるファンサのアピールが出来ないということ。タレント側も自分のファンが分からず、ファンサも求められず、とにかくタレント全員でお客さん全員を盛り上げる為に大きく動くことに力を割いていた。拳を突き上げる動きで「ッゥオイ!オイ!オイ!」が多かったのはステージ上も客席も同じだ。出演者も客も、“盛り上がること”を一番に優先できていた理由に団扇禁止が大きく由来したように思う。

2.客層
今回の出演者最年長はキーボーディスト石垣大祐さん29歳。今までのガムシャラ出演者の中でも最年長だ。自ずと彼のファンの年齢も、他のJr.のファンよりもそれだけ上に広くなるだろう。石垣くん(29)、後藤くん(25)あたりのファン層は今までのガムシャラとは違う。また、舞台で活躍する彼らのファンは団扇を使った応援やファンサを貰う為のコンサートという感覚が薄い人が多い。バンド出身の二人であるためライブハウスのスタンディングでの盛り上がり方を知っているファンの方も多い。そういうファンの動きに、周りのファンが引っ張られて良い循環が出来ていたのではないだろうか。
3.バンド形式
これに関しては、ファンはもちろんだが出演者達のテンションを上げる大きな要因になっていたようだ。普段の歌って踊るためのステージではアイドルを全うする意識が無意識に身体に走っているだろうが、今回は京本くんがエンディングで言っていた「俺たちアイドルだぜ!?アイドルなのにこんな…こんな(ファンが拳を突き上げて熱気を発して盛り上がる)ライブしちゃって…」という言葉からも察せられるに、自分たちアイドルができると思っていた限度というか範疇を超えたライブだったようである。ヘッドバンキングをしたり、男っぽく拳を突き上げて客に汗をかかせたり。“アイドルである自分自身”を“あなた”に楽しんでもらうというよりも、“熱気に包まれて盛り上がる一体感”を“みんな”で楽しもうというライブは今のユニット消極傾向のジャニーズJr.ではなかなか作り出しにくいものであった。キャリアを積むほどに良くも悪くも順応していくジャニーズの常識や固定概念を僅かでも壊す(ひび割れ程度かもしれないが)ことができたのは、きっと本人達にとってものすごく啓発的で有意義で気持ちの良い体験だったのではないだろうか。バンド形式をとることによって見落としていた、手を伸ばせずにいた部分に触れることができたようだ。

他にも様々な要因があって、ファンもタレントも感じたことのないような高揚感のあるライブができたのではないだろうか。神宮寺くんの言葉を引用するならば「歴史的瞬間に立ち会えた」わけである。そんな歴史的ライブであったわけである。正直に言うと上記の要因が本当に成功の秘訣だったかは自信がないし、思いついたことを書いてみただけで見当外れかもしれない。同じ条件が揃っても同じようなライブにはならないだろう。それでも彼らには何故あんなライブが出来たのかを深く考えてこれから先への糧にしていってもらいたいし、あのような「歴史的」ライブを恒常的に行ってほしいと期待してしまう。
個人的には、自担がたまたま出演していてあの感覚を経験出来たラッキーに感謝しつつ、あの感覚を体感して自分の糧にして欲しいと望む多くの子達が出演していなかったことを残念に思う。それくらいに、あのライブを作ったという経験は大きなものだろう。